僕たちがプライドパレードの運営に携わる理由

堂本 直樹 / Makishi / Igei

毎年多くの人たちが参加する、東京レインボープライド(TRP)のプライドパレード。当事者だけでなく、多様な人々が思い思いの格好で、渋谷から原宿を練り歩き、「“性”と“生”の多様性」を祝福する春の風物詩とも言えるイベントだ。この4月に開催されるTRP2022では、3年ぶりにリアルでのプライドパレードが戻ってくる。パレード運営を担うチームメンバー3人に、その思いを語ってもらいました!

プライドパレードを支える3人がTRPに参加した理由。

どーも:2009年に当時のパレード主催団体「東京プライド」のボランティアとして参加したのがきっかけです。当時は、自分のセクシュアリティを積極的にはオープンにしていなかったけど、30代になって仕事も落ち着いてきて、何か新しいことにチャレンジしてみたいと思った時にネットで見つけたのが、「東京プライド」のパレードのボランティア募集だった。その時は、軽いお手伝いって感じで終わったんだけど、その2-3年後かな。TRPの前身の団体である「任意団体 東京レインボープライド」が発足して、その時に、前共同代表の山縣さんから「ちょっと人手不足だから手伝ってくれない」って言われて、そこからどっぷりと運営に携わるようになりました。

いげい:僕はもともと沖縄出身で、高校卒業前まで沖縄に住んでいました。20歳で東京に出てきて、2008年の年末くらいかな。ボランティアとして関わりはじめたことがきっかけです。そもそも僕、小さい頃からボランティアが好きで、小学6年生ぐらいからずっと何かしらやってたんですね。東京で暮らしていく中でも、何かしらボランティアしたいなって思っていて。当時は、まだ自分がゲイであることを完全には自認していなかったとは思うんだけど、いろいろとネットで情報収集する中で、プライドパレードのボランティアにたどり着いたんです。
すぐ連絡を取って「このあと行っていいですか」って電話して事務所に押しかけたんですよ。そしたら、その時の代表が沖縄の人って聞いて「やります!」みたいな感じで、当時はノリと勢いだけで参加しました(笑)

まきし:若いですね(笑)

どーも:ちょうど、僕はいげいくんも同時期にボランティアに参加していたこともあって、存在は知っていた。当時、プライドイベントの会場からテレビの公開収録をやっていて、いげいくんは前面に出ていたりと、目立っていたんだよね。

いげい:僕は、あんまり覚えてないんですけどね(笑)

まきし:僕もいげいさんと同じ沖縄出身で、大学進学で上京してきました。大学3年生くらいまでゲイに会ったことがなくて、どうやって出会うんだろうと思っていたぐらいでした。Twitterを通じて、少しづつゲイコミュニティを知ったり、友達ができたりする中で、プライドパレードがあるというのを知って、はじめて友達と遊びに行ってみたんです。2015年のことでした。 当時はまだそこまで規模も大きくなくて、行ったはいいけど何をしたらいいかわからない。けど、このイベントが、多くのボランティアの人たちが作り上げているんだということを知って、自分も作る側に回りたいと思いました。翌年2016年からは、ボランティアとして参加するようになりました。

どーも:ボランティア1年目から、パレードの隊列のサブリーダーをやってたんだよね?

まきし:はい、1年目はステージ部門の担当とパレードの隊列のサブリーダーを任せてもらいました。その時は「気が向いたら来年も手伝おうかな」くらいだったんですが、運営のコアメンバーとして参加している友人から、「来年からはもっと本格的に運営側にまわらない?」って誘われて。

いげい:まきしさんは、ぜひパレード部門をやってもらいたくて、僕からスカウトしました。

まきし:なんでだったんですか?

いげい:僕と同じ沖縄出身っていうのもあるけど(笑)。前年のボランティア打ち上げで、みんなと楽しそうにはしゃいで歌っている姿や、その後に1on1で話をした時も、まきしさんはコミュニケーション能力が高いなーと思っていました。 パレードのような大きなイベントって、当日ボランティアも多くて、普段から知っているメンバーだけで作りあげていく訳ではないので、結構大変なんですよ。成功の秘訣は、結局コミュニケーションなんですよね。コミュニケーションが取れないと参加者を不安にさせてしまうこともあるし。コミュニケーション能力の高さに加えて、前年の働きっぷりを他のメンバーからも聞いていたので、ぜひきてほしいと思っていました。

まきし:ありがとうございます。

パレードのノウハウを持っている人なんていない!?一から今のプライドパレードを作っていった

どーも:確かに、そもそもパレードって非日常のものだし、プライドパレードに関しては少し特殊で、運営ノウハウを持っている人たちって、日本中見回してもそうそういないと思うんです。運営スタッフだけではとてもじゃないけど回しきれないからボランティアを募って運営をしているんだけど、毎年違うメンバーだし、オペレーションも微妙に毎年違うから何が起こるか分からない状況。自分達だけで作り上げる中では、まきしくんのように初めての人でもコミュニケーション取りながら物事進めていけるのは貴重な存在ですね。

いげい:しかもTRPが初開催した2012年は1500人の参加者だったのが、2019年には約1万人参加する規模になっていて。パレードのオペレーションは毎年大変になっていく中で、本当に頼もしい存在でした。

まきし:僕が参加した当時は、プライドパレードが年々大きくなっていくところで、1時間の中で、1万人の参加者をスムーズに誘導する、といったミッションがありました。

いげい:当日までに本当にいろいろなことが起きるけど、今まで、パレードに関わるメンバーみんなのチームワークで解決してきたよね。

いげい:パレードってどんな風に作っていくの?ってよく聞かれるんだけど、思い返すと手探りでやってここまで大きくなったなぁとしみじみ感じます。 プライドパレードの起源をたどれば、1969年の「ストーンウォール事件」の暴動がきっかけで、そこからゲイ解放運動、セクシュアル・マイノリティの人権運動へとつながっていく。日本のプライドパレードも最初は人権運動の色が強かったんですが、TRPでは、どうしたら多くの人に知ってもらえるか、どうしたら参加しようと思ってもらえるかを考え、今の形になりました。

まきし: パレードコースをどうするか、パレードを魅力的に見せるためにカラフルなフロート(山車)をどれくらい用意するか、年々参加者が多くなる中でオペレーションをどうするかなどなど、毎年試行錯誤しながらトライをし、次の年に反省を活かしたり、一から今のプライドパレードの形をつくってきたってかんじですよね。

いげい:今年はコロナ禍での開催で少し様子が違うけど、例年だと前年の夏ぐらいからパレードコースをどうしようかとか検討をはじめたり、公道で実施するので警察との調整などを行い、年末年始ぐらいから、企業や団体向けに参加説明会を行うって感じですね。3月からは、当日のボランティアを募集をして、当日までバタバタと準備して迎えるっていう形になるんですけども。

一番印象に残っているプライドパレードの思い出は?

どーも:大変だったことは山のようにあるけど、一番嬉しかったのは、2019年のプライドパレードに上司が遊びにきてくれたこと。僕は、職場でもカミングアウトはしているんだけど、当時の上司が一緒にパレードを歩いてくれたんだよね。僕の会社は、LGBTQ+への配慮やD&Iの研修も行っているけど、わざわざプライベートの時間を使って、遊びにきてくれて、自分の存在を認めてもらえた気がして嬉しかったですね。こういうのがプライドパレードの意義でもあるのかな、って思います。

まきし:教科書的にLGBTQ+という存在を知っていても、そこから一歩踏み出して、アライとして、当事者を理解しようとしてくれるのは、嬉しいですね。

どーも:上司には、東京レインボープライドの運営に関わっている話はしていて、普段からフレンドリーな上司ではあるのだけど、まさか来てくれるとは思っていなかった。 その他には、パレードに当事者として参加した人がパレードという場を使って、身近な人にカミングアウトしたという話もちらほら聞くけど、パレードという場をうまく使って、参加者の人たちがHappyになるきっかけ作りができれば、僕たち運営チームも頑張っている甲斐があります。

いげい:まきしさんは、実際に妹さんがTRPのボランティアに参加したんだよね?

まきし:そうなんですよ。最大の参加者を誇った2019年。当時、大学生だった妹が、友達と一緒に沖縄から遊びにくることになって。TRPのボランティアに誘ったんです。

いげい:妹もボランティアに巻き込むなんて、やるなー。

まきし:すでに妹にはカミングアウトをしていて、ずっと前からプライドパレードを見てみたいって言われていたんですよ。「大学生で時間があるんだから来て見たら。けど、来るなら見学するだけじゃなくて、ボランティアとして参加した方が面白いよ」って勧めたんです。東京で同じ青空の下、多様な人たちと一緒にボランティアするって、地元ではなかなかできないし、ぜひ体験してもらいたかったんですよ。

どーも:参加してみて、妹さんはどんな風に言ってた?

まきし:疲れたって言ってました(笑)。でも、TRP2022のテーマでもある「繋がる、見える、変わる」ではないのですが、当事者かどうか関係なく、多様な人たちと繋がれたのは、非常によかったって言ってましたね。僕自身も、TRPの活動を通じて、多くの仲間に出会えたし、TRPやプライドパレードってそういう場なのかな、って思います。

いげい:僕が一番印象深かったのは、2019年の4月29日のプライドパレードですね。長くTRPに関わってきて、そろそろ世代交代も必要だよね、って話をどーもさんとしていたんです。まきしさんにどんどん仕事を渡して、どちらかというと見守っていた時期でした。2019年のプライドパレードって過去最大の参加者1万が参加。パレードが終わるまでに6時間もかかって、僕たちはトイレにもいけないくらい(笑)。次から次にイレギュラーなことも起こるそんな年に、プライドパレードの参加者数が1万人を越えたというのはもちろん嬉しいけど、それ以上に、次の世代がやりきっている姿をみて、後輩の姿を見れて嬉しかったですね。

どーも:あの2019年を乗り越えたパレードチームのチーム力っていうのは、やっぱ凄いなと思いなと思いますね。

プライドパレードの一番の魅力とは?

どーも:TRPの会場に来るだけでも当事者として勇気づけられるけど、東京の街を大手を振って街を歩けるのって、感動するものがある。プライドパレードの名前の通り、自分のプライド、自分の存在を再認識できるのが魅力だと思っています。

いげい:僕も自分のセクシュアリティに迷っていた時に、プライドパレードに参加して先頭で歩いたことがあるんです。日常生活で自分がゲイだっていう風に思って行動することって、それこそコミュニティの中とかしかない。けど、それ以外で自分のセクシュアリティを認識した上で、街中を歩けるんです。沿道に手を降ってみるとベビーカーを押しているお母さんとかが手を振って応援してくれるんですよね。

まきし:パレードの参加者も、みんな生き生きとして楽しそうに手を振って、それに返してくれる瞬間とかがすごく楽しいなと思うし、たくさんのパワーをもらえる気がします。TRP2022開催まであと少しですけど、3年ぶりだから、参加者も運営もみんな感極まる気がするんですよね。

いげい:やっぱり、プライドパレードって、自分らしくあれる場所っていうのが一番しっくりくるかな。そして、この2年近くコロナ禍でうまく繋がれなかった人たちが、少しずつでも集まって、みんなが笑顔になって最後に楽しそうに帰ってくる姿を、最前列で見たい。それが僕たちパレードチームの今年の目標でもあり、喜びだよね。

プロフィール

堂本 直樹 理事/事務局

Makishi パレード

Igei 事務局

インタビュー:Kensaku(TRP) 写真撮影:HARUKO(YPJ)、Kensaku(TRP)